春さんのひとりごと
<メコンデルタでの宴会>
ベトナムで私の好きな街道や場所としては、北ではサパ街道やハロン湾。中部ではサイゴンから中部高原の方向へ抜けてバンメトートへ向かう街道。そして南ではサイゴンから南西方向に延びているミートー街道です。しかもここミートー街道の魅力は、一年の中でも雨が降らない、ジリジリと焼けるような熱い太陽が照りつける三月や四月にあるのです。
ベトナムに来てから、合計すれば今まで十数回はこの「ミートー街道」を通過して来たでしょうか。しかし私自身も今までなぜこの道路に惹かれるのか良く分かりませんでしたが、今回またここを通り過ぎることがあり、改めてその理由が少しずつ分かって来ました。
私のベトナム人の知人のKさんから、「私の田舎のミートーで祖父の十年忌をするので来ませんか」という誘いがありました。故人の年忌の行事に参加するのは、私の女房の実家でも良くやっているのでさほど珍しいことではありません。
しかしそれはいつもサイゴンでのことで、参加者も毎回同じ、料理もいつも同じメニューが出て、特に目新しいことがある訳ではありません。
さらには故人を偲ぶ年忌祝いといっても、その故人自体を知らない外国人の私にとっては、ただの宴会(不謹慎かもしれませんが)でしかありません。
このKさんからの誘いも「ミートーで祖父の年忌祝いを兼ねた宴会をするので来ませんか」という誘いなのです。それで私自身も、田舎でのそういう体験はまだなかったので、「ありがとうございます」と、そのせっかくの誘いを受けることにしました。
当日は日曜日の朝7時に、サイゴンを車で出ました。ミートーに行く途中の光景は、私にとっていつもの懐かしい光景が続いていきます。
サイゴンを抜ける時に眼にするのは、以前からもそして今もあるゴミ屋敷のような訳の分からない家々です。
そしてロンアン省に入った頃から、広い田園地帯が見えてきます。ちょうどこの時期は米の収穫時期でした。地面にモミを干していたり、稲ワラを集めたりしています。さらにまた最近始まった事業なのでしょうか、工場を誘致出来るような広い区域が、多数の重機を使って造成されていました。
しかし沿線の光景は、昔も今も変わらないのどかさを感じさせています。この街道を行き来するお客の休憩用にハンモックを吊るした茶店がずらっと並び、中・小の食堂もあり、少し路地を入ると市場があります。
そして私の一番好きな風景として、この街道沿いの店や家の前にブーゲンビリアの花が点々して植えてあるのが見られることです。この花は五色もあり、しかも一年中何回も咲きます。赤・白・黄・紫・ピンクの色をした花びらが、満開に咲いている光景は見るだけでも美しいものです。
さらにはこの炎天下に日除けの覆いもなく、道路沿いの棚にはガソリンを入れる時に使うような、ポリ容器に入った地元の酒が置かれて売られています。農村風景やお茶屋、新しい開発地区や道路沿いの花の美しさ。とにかく新旧の入り交ざった混沌とした、他の街道ではあまり感じられないものがここにはあります。
そして9時にはそのミートーにあるKさんの実家に着きました。ちなみにKさんは8人兄弟で、彼は18歳までここで育ち、大学生活をサイゴンで過ごしました。彼は非常に向学心が強く、ロシア語、英語、ドイツ語を習得し、その努力の矛先はさらに日本語にも及び、日本語検定試験2級の資格を取っています。
彼のミートーの実家もまた、私が今までべトナムの田舎の農家で見た中ではあまり見られない独特の建て方をしていました。天井は広々として高く、家の中にある柱や梁にはお寺に使ってあるような大きい木材を使用してありました。屋根もサイゴンやカンザーの田舎で良く見るような、トタンやニッパヤシの葉ではなくて、瓦で葺いてありました。
私もべトナムの農家の造りはいろいろ見て来ましたが、お寺や廟などは例外として、普通の農家でこんな建て方をした家を見たのは初めてでした。ベトナムでは、普通の家はサイゴンのような都会でも、田舎でも、レンガとコンクリートで造られています。
山に木材が少ないベトナムでは、木材は高価な物につきます。平坦部の農作業に便利な土地は、人口の大部分を占めるキン族が占有し、少数民族の人たちは山岳部に住んでいて、山を切り開き、山の傾斜地を利用した稲作栽培やトウモロコシの収穫などで生活しています。
それでベトナムにも山自体はあることはあるのですが、その山には日本のような鬱蒼とした森林を見ることは少ないのです。テイエラがカンザーに建てたセミナーハウスで使用した大きい木材も、実はカンボジアから輸入したものでした。
さらに彼の家のすぐ裏には、巨大なメコン川が悠然と流れています。
彼の家の敷地は何と4千平方メートルはあるということで、家の周りにはジャックフルーツ、竜眼、ココナッツ椰子、ザボン、バナナなどが植えられていました。彼の話では70歳を過ぎたころのおばあさんが、家の屋根よりも高いヤシの木にスルスルと登って、彼にヤシの実をもいで落としてくれたそうです。
またKさんは、足元に生えている雑草のような葉を指差して「これはラウ マーという名前で、みんながよく街中でジュースにして飲んでいる緑の液体がこれです」と解説してくれました。その葉っぱを手に取ってもんで匂いを嗅ぐと、確かにその芳香がしてきます。
しかしここは空からはジリジリと照りつける陽が射していても、家の周囲に植えられたそれらの樹木のおかげで、辺り一帯に涼しい風を運んで来てくれるのでした。
さて「宴会」は10時ころから、古く大きい竜眼の木陰に設けられたテーブルで始まりました。食事のメニュー自体は、象耳魚のから揚げ以外はサイゴンで食べるのと変わりありません。ニワトリのお粥や、ニワトリの肉とキャベツのサラダほか5種類くらいが出て、最後に魚の鍋とデザートで終わりました。
今日ここに参加した人たちはほとんどが親類や兄弟たちなのですが、毎年一度のこの会合を朝からビールや焼酎を飲み、食事しながら語らいつつ、大いに楽しく過ごしていました。
しかしここに参加した人たちの顔付きを見ていても、サイゴンでよく眼にする「生き馬の眼を抜く」ような人たちの顔と違い、一人一人が実におだやかな風貌をしていました。そういう人たちとビールを何本も飲みながら話していると、こちらも大いに楽しくなってきました。そして宴会がお開きになった後、私は木陰に吊るしたハンモックに揺られて数時間寝てしまいました。
喧騒のサイゴンを離れてミートー街道を行けば、その先にはひろびろとしたメコンデルタの風景や、豊穣な食べ物や果物があり、そしてそのメコンデルタの恵みを享け、そこで生まれ育った人々のおだやかな笑顔があるのでした。
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