春さんのひとりごと
<研修生たちの日本語スピーチ・コンテスト>
サイゴンでは毎年五月に、ベトナム人による 『日本語スピーチ・コンテスト』 が開かれています。この『 スピーチ・コンテスト』は 1995 年から始まり、今年で 19 回目になります。
日本語を勉強しているベトナム人の学生たちには、自分の日本語能力を公の場で発揮・発表出来る場として、今や定着した感があります。
以前は私も運営側のボランティア・スタッフとして参加させて頂いたことがありました。しかし最近は、ちょうど私の日本帰国の時期と重なっていて、残念ながら参加出来ていません。
以前そのスピーチ・コンテストの運営側に参加させて頂いた時に、スピーチ・コンテストを実施するまでには、いかに大変な努力を皆さんたちがされているかというのも良く分かりました。
五月のスピーチ・コンテストの前には、何回も会合を開きます。スピーチ・コンテストの運営の中心に当たるのは、ベトナムで日本語を教えている日本人の先生たちなのです。しかし、普段の平日は全員が授業を抱えているので、日曜日にこの会合は開かれます。
でも皆さんは意欲的にその会合に参加されていました。その場は、 サイゴンにいる日本人教師たちの交流の場にもなっていましたし、会合が終われば「今から食事に行きましょうか!」と、みんなで連れ立って、お昼を食べに行ったりもしました。
そして当日の「日本語スピーチ・コンテスト」を五月に迎えることになるわけですが、私が参加した 2007 年度の時には、約 800 名もの観客が来てくれていました。運営に当たるスタッフたちもてんてこ舞いでしたが、嬉しかったですね。
それ以後の「日本語スピーチ・コンテスト」には私は参加出来ていませんので、 <さくら日本語学校> の友人の M 先生に、「今年はどうでしたか?」と、感想を聞いたり、しばらくして発刊される「日本語スピーチ・コンテスト」参加者の原稿が載った文集を頂くだけです。
そして、実はその「日本語スピーチ・コンテスト」を、今私が日本語を教えている研修生たちだけで行おうという企画が持ち上がり、三年前から学校の中だけで実施することになりました。
「日本語スピーチ・コンテスト」の発表者は、学校の中で日本語を学んでいる研修生たち。審査員は、そこで日本語を教えている日本人の先生とベトナム人の先生。外部からの観客や来賓はなし。しかし、学校の中には観客は大勢います。当日、スピーチをしない研修生たちです。
当日発表する十名が決まるまでには、二ヶ月ほど前から約 300 名近くいる研修生たち全員に作文を書いてもらい、その中から内容や表現の優れたものを絞り込んでゆきました。ちなみに、各クラスの担当の先生が決まっていますので、その先生たちが責任を持って自分のクラスの生徒たちの作文に目を通し、各クラスで一人から二人の発表者を選びました。
ただ研修生たちが書いた作文といっても、まだ彼らは日本語を勉強して半年になるかならないかの生徒たちがほとんどですので、文法や表現の間違いが当然ながら数多くあります。特に 「てにをは」 の使い方は、ベトナム人に限らず外国人が一番頭を悩ませるところです。
巷間には、 「てにをは辞典」 なるものまであるほどです。
日本人とっては母国語なので、「てにをは」をあまり意識しないで普段使っています。しかし、「意識しないで」使うということは、それを外国人に説明する場合困難に直面します。
例えば日本語の先生は別として、外国人から、 < 「私 は 日本人です。 」と 「私 が 日本人です。」 はどう違いますか。 > と聞かれて、瞬時に答えられる日本人は少ないでしょう。
さらには、日本語はいくら多くの単語を覚え、日本語の文法の順番通りにそれらの単語を並べ替えたとしても、それだけでは文としては完成したものにはならないのです。それらの単語同士を繋ぐ「てにをは」が正しくないと、意味が通じないからです。
ですから、研修生たちが書いた日本語にも、少々表現のおかしい部分はありましたが、それを先生が正しい日本語に全部添削し直すと、研修生自身が書いた内容は最初の原稿から大きく変わりますので、極端なミス以外は研修生が書いた原文の味を損ねない範囲で先生たちも添削していました。
そして迎えた 2 月 23 日(土)、今年で三回目となる 「研修生による日本語スピーチ・コンテスト」 は、朝 9 時からスタートしました。場所は建物の中ではなく、校舎内にある広い中庭で行われました。たまたまこの日は曇り空が広がり、強い陽射しも照り付けませんでした。
今回の発表者は全員で十名。男女それぞれ五名ずつでした。この日に発表する十名の中では、一番長い日本語学習歴の研修生は一年半、大体が半年くらいでした。学校の中では研修生として薄緑色の制服を着ていますが、この日発表する生徒たちは上が白のシャツ、下に黒いズボンを穿いていました。
彼ら発表者の紹介が行われている間に、私は昨年優勝した、ある男子生徒のことを思い出していました。昨年彼が発表したその内容は、大変こころ打たれる感動的なものでした。
『・・・明日起きた時、ここに住むことが出来ない。友達に会うことが出来ない・・・と思います。しかし、人生の中でここで過ごしたことを、<記念の思い出>として一緒に日本へ持って行きます。六ヶ月ここで暮らした時間が、もうすぐ無くなります。・・・先生たちとみんなに「サヨウナラ!」と言って、日本に仕事をしに行きます。学校に「ありがとう!」。先生たちにも「ありがとう!」。そして、小さい部屋にも「ありがとう!」。
・・・ありがとう ございました!・・・ 』
半年間寮で暮らし、日本語を勉強した研修生たちが、いよいよ日本に行く日が近付き、もうすぐ寮を出なければいけない境遇を述べたものですが、審査員の先生たちもシーンとして聞いていました。彼と同じように、寮を去る日がいつか来る研修生たちも、しんみりとしていました。
今回の審査員は、日本人の先生が三人、ベトナム人の先生が二人で行いました。満点は 20 点。四つの点を審査します。 『1、内容。2、発音・文法の正確さ。3、発表の仕方(表情や演技など)。4、質問への答え方』 です。
10 人の発表者が話す内容は事前に印刷されて冊子になっていましたので、誰がどんな内容を話すのは分かっています。そして、発表者は何も見ずに話さないといけません。持ち時間は、原稿の内容の量によりそれぞれ違いますが、一人が平均五分間です。そして、一人・一人の発表後には、先生からの質問もあります。上に書いたように、それも審査対象になります。
発表の前に、余興として研修生の男女二人による歌が披露されました。それから、最初の発表者の登場。最初に発表したのは、 「留学生クラス」 で勉強している Hoang( ホアン・男性 ) さんでした。題名は、 「どうして日本へ留学に行きたいですか」 。
二番目は、 Tien( ティエン・女性 ) さんの 「謝るという言葉」 。
三番目は、 Trinh( チン・女性 ) さんの 「私の田舎のテト」 。
四番目は、 Mai( マーイ・女性 ) さんの 「 18 歳の考え」 。
五番目は、 Teo ( テオ・男性 ) さんの 「旅行」 。
持ち時間が五分というのは短いようですが、発表する人にとっては長く感じられるのでしょう。時に話の続きを忘れてしまい、沈黙した生徒がいました。それに対して、聞いている研修生たちが、「頑張れ!」という気持ちで、拍手をして応援してあげていました。でもやはり、自分が書いた内容を全部覚え、それを淀みなく、何も見ずに上手に話すというのはすごいことだと思います。
五人の発表が終わったところで中休みに入りました。ここでアオザイを着た十人の女子の研修生たちがアトラクションとして、ベトナムの歌に合わせて踊りを披露してくれました。手にはベトナムの菅笠・ノンを持ち、優美な踊りを見せてくれました。流れていた曲名は 『 Que Huong( クエフーン ) :故郷』 です。これは、ベトナムでは有名な歌手・ Cam Ly( カム リー ) さんが良く歌っています。 Youtube は以下のアドレスです。
http://www.youtube.com/watch?v=AQW3rrE7HMA
そして 20 分ほど休憩して後半の「スピーチコンテスト」の再開です。後半も五人が発表します。
六番目は Canh( カン・男性 ) さんの、 「会社の記念」 。
七番目は Xuan( スアン・男性 ) さんの、「一人の特別号」 。
八番目は Thao( ターオ・女性 ) さんの、「私の夢」 。
九番目は Loan ( ロアン・女性 ) さんの、「私の先生」 。
十番目は Roa ( ロア・男性 ) さんの、 「私の先生」 。
九番目と十番目はたまたま同じ題名になりましたが、今まで習ってきた小・中学校や高校、そしてこの学校での先生たちについて話してくれました。そして、全員の発表が終わったのが 11 時頃。
それから、審査員の先生たちが採点した表を集めて、数人の先生たちが事務所に消えてゆきました。採点結果を集計して、優勝者・準優勝者・三位を決めないといけません。その間、時間が空くので、またアトラクションとして余興が披露されました。
最初の余興は、私と男子の研修生による歌。今日のこの日に余興をやる話は、当日の朝学校に来てから言われました。ベトナムでは突然、「今からみんなの前で話してくれ。」とか「今ここで歌ってくれ。」とか言われることがありますので、私も慣れています。それに、日本の歌は毎日研修生たちの前で歌っていますので、断る理由もありません。
ここで歌った曲は 『サライ』 です。段落ごとに一人ずつが歌い、最後に二人で合唱して歌いました。日本へ行くベトナム人研修生たちに思いを馳せて歌わせて頂きました。次に、 「ソーラン節」 の踊りも披露されました。これは大変上手でしたね。ずいぶん前から、ベトナム人の先生が指導していたようです。
それが終わった頃、審査の採点結果が出て、いよいよ優勝と準優勝と三位の発表です。その前に今回発表した全員に記念品が贈られました。結果の発表の前に、十人の発表者たち全員が緊張した表情をしています。でもみんな、普段の授業に加えて、「スピーチコンテスト」の準備もあり、良く頑張ってくれたと思います。
そして、審査結果を司会の先生が発表しました。三位は女性で一人、 Loan さんが選ばれました。<準優秀賞>は、七番目に発表した Xuan( スアン ) さんの、 「一人の特別号」 。さらに今年の<優秀賞>は、十番目の Roa ( ロア ) さんの、 「私の先生」でした。 Roa さんは日本語学習歴十ヶ月くらいです。 Roa さんはさすがに嬉しさを隠しきれない表情で喜んでいます。みんなも盛大な拍手で称えています。
ちょうどお昼前に、研修生たちによる今年の『日本語スピーチ・コンテスト』は終わりました。来年もまたここで学んだ日本語で、研修生たちによる『スピーチ・コンテスト』が行われる予定ですが、これも年間行事としてだんだんと定着して来ることでしょう。
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