春さんのひとりごと
<桜とツツジの咲く頃に出逢った2人の外国人>
今年の4月の初旬の頃、故郷熊本の阿蘇にある「一心行の大桜」を、家族と一緒に見に出掛けて来ました。この日は天気も快晴で、阿蘇の山々の木々が瑞々しく芽吹いていました。
この「一心行の大桜」は十数年前は世間にはさほど知られていなくて、私が両親と初めて訪ねた時には、あたり一面の青い麦畑の中にポツンとこの大樹があり、その根元には数基の武将の墓がありました。私が訪ねたその時には、ほかに2・3人の人が来ていただけでした。
それが数年前からマスコミに採り上げられてから有名になり、それ以来辺り一帯が公園として整備され、昔の麦畑は今は駐車場に変わっていました。たこ焼きや、ホットドッグなどの軽食の屋台も40店くらいは出ていました。
私が今年訪ねた時にはまだ三分咲きの状態でしたが、回りには黄色い菜の花が咲き、爽やかな風が吹き抜ける蒼い空に向けて、「一心行の大桜」は大きい枝を広げ、その優美な姿を見せていました。
そして大きい観光バスに乗って来た観光客がやって来て、桜をバックにして記念撮影をしていました。私たち家族もその回りで写真を撮ったりしながら、私も一人でしばらく見とれていました。
するとしばらくして気づくと、私の娘の姿が見当たりません。「どこに行ったのか?」と辺りを見回すと、娘は私たちから少し離れたところにいる一人の外国人が連れている大きい犬のそばにいて、その犬の頭を撫でていました。
その犬は約180センチくらいはある、大きいセントバーナード犬でしたが、大変おとなしい犬で、他人である私の娘が近寄って行っても全然気にしていない様子でした。それがきっかけで彼と話すことが出来ました。
彼・Gさんは英国のロンドンの出身で、今年60数歳。日本には6年ほど滞在していて、奥さんは日本人で子供が2人いました。その奥さんはこの阿蘇の近くの生まれなので、今はそこに住んでいるということです。私と話す時には、彼は全く不自由のない日本語で対応してくれました。
今はこの地区で、小学生たちに個人的に英語を教えています。約百人くらいの生徒たちに教えているということで、この時にも彼の教え子の小学生たちと一緒に来ていました。
「ここでの生活はどうですか。」と聞きますと、「この阿蘇地区は広々としていて、空気は新鮮だし、自然は豊かだし、水や食べ物も美味しいです。そして何といっても、田舎の人たちの素朴な人情に大変魅力を感じます。」と日本語で答えてくれました。
私たちは犬を足元に座らせながら、約30分近くも話したでしょうか。彼に「実は私はベトナムから来ました。」と話しますと、彼も一瞬驚いた様子でしたが、「ふだんはベトナムで仕事をしていまして、今は一時帰国していて、今日はたまたまここの桜を見に来ました。」と説明すると、彼も理解してくれたようでした。
彼は「タイまでは私は行きましたが、まだベトナムへは行ったことがありません。ぜひいつか行きたいですね。」と言いながら、大きい愛犬を連れて帰って行きました。
そしてこのGさんとの出逢いから数週間後、私の親戚の家でバーベキュー・パーティーをすることになり、私も呼ばれて出かけて来ました。
このバーベキュー・パーティーで食べる肉は、牛肉でも豚肉でも、鳥肉でもありません。実は何と、イノシシの肉なのです。このバーベキュー・パーティーでイノシシを食べるのは私も今回が初めての体験でした。
私の田舎ではここ最近多くのイノシシが山や畑に出没して、果樹や稲を食い荒らしていて、農家には甚大な被害が出ています。それで農作物を荒らすイノシシを、一年の中で決められた期間だけ、特別に狩猟の許可を与えられた人たちだけが獲ることが出来るのです。
毎年数頭はイノシシが獲れるそうで、獲った後のその肉はみんなで分け合ったり、こうして友人・知人を招いてバーベキュー・パーティーをしているといいます。そこに今年は私も招待されたわけです。
私がその親戚の家に着いた夕方頃には、すでに3・4人が来ていて、炭を熾したり、肉を切り分けたり、パーティーの準備を着々としていました。そして宴会場となるそのテーブルの回りには、赤や白やピンクのツツジが燃えるように咲いていました。ここのツツジもその根元は大きく、この親戚の人が言うには、優に100年は超えているという話でした。
そしてすべての準備を終え、「さあー、今からバーベキュー・パーティーをしましょう!」と、みんなが乾杯をしようとした時に、一台の車が到着し、中から一人の日本人と、褐色の肌の色をした、雄偉な体格の黒人の人が降りて来ました。
こんな田舎の、しかもイノシシのバーベキュー・パーティーに黒人の人が登場したので、彼を良く知っている人たち以外は、みんな大いに驚いていました。私もそうでした。そして実は彼も当然、今日のバーベキュー・パーティーに招待されて来た一人なのでした。
彼・Aさんは南アフリカのヨハネスバーグの出身で、今年34歳。奥さんと子供が2人いて、日本には単身で来ています。彼の身長は180センチは超えていて、体重100キロはあるというくらい、実に堂々たる体格をしていました。
日本に来て4年が経つそうですが、まだ日本語は余り上手ではないので、私たちは日本語混じりの英語で会話をしました。まあそれでもお互い何を言っているのかは大体分かるので、言葉というのは面白いものです。
彼の日本での仕事は、阿蘇で逢ったGさんと同じように英語の先生をしているということでした。ただしGさんは個人で塾を開いていますが、このAさんは私の田舎にある地区の公立の小・中学校でALT(英語指導助手)という立場で働いていました。
毎週月曜日から金曜日まではいろんな学校へ教えに行くそうで、日本人の先生と一緒に一つのクラスに入っていくような形で、英語の指導をしているということでした。
彼は南アフリカで英語の先生として応募した時、東京や大阪や京都などの候補地もあったそうですが、「敢えて都会よりも田舎のほうで教えてみたい。」と考え、それで熊本を選んだそうです。
「熊本での生活はどうですか。楽しいですか?」と聞きますと、「毎日の授業が楽しいですよ。そしてまた別の楽しみが数年前に出来ました。」と答えましたので、「それは何ですか?」と聞きますと、「温泉めぐりです。最近温泉の楽しみが分かって来ました。日本の人たちがなぜ温泉が好きなのかが分かりました。」という返事が返ってきました。
聞けば彼の故国でも温泉に行き、熱い湯に浸って楽しむ習慣はないそうで、最初日本に来て、日本人の知人に連れられて初めて温泉体験をした時に、その温泉のあまりの熱さに飛び上がり、それでコリゴリしたそうです。
しかしその知人は「異国に来たらいろんなことに挑戦せんといかんよ!」とアドバイスし、熊本名物の馬刺しやカラシ蓮根やヒトモジのグルグル巻きを食べさせたりもしたそうです。
その知人がさらにまた続けて温泉に誘って行くうちに、だんだんと彼もお湯に浸った時の最初のコリゴリした気持ちが(あ〜案外気持ちいいもんだなー)という世界に目を開かれたようで、最近は一人でいろんな地方の温泉めぐりをしているということでした。
彼の任期は来年で切れるそうですが、この熊本が大変気に入ったようで、「来年も、出来ればあと2、3年は熊本にいたいですね。知人もたくさん出来たし、熊本にいるのが楽しいんです。」と、ずいぶんこの熊本が気に入ったようでした。
この日はベトナム人である私の女房も一緒に連れて行っていたのですが、彼もベトナム人がどうしてここにいるのか不思議なようでした。実は私がその亭主で、「私はふだんはいつもはベトナムにいるんですよ」と言いますと、彼も「いつかは私もベトナムに行きたいですよー」と、私に嬉しそうに話してくれました。
阿蘇の「一心行の大桜」で逢ったGさんと、ツツジの花の咲く時にバーベキュー・パーティーで逢ったこのAさんと、いつかベトナムで再会出来る日が来るかもしれません。
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